リーダーの役割なんか担いたくない!リーダーという役割の第一歩

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両山!
お前にもそろそろリーダーとしての役割を期待しているんだがな~

s_IMG_片山-crop.pngいやっ船長!
自分はまだまだその器ではありません!
(リーダーなんて貧乏くじ引きたくないよッ!)

s_IMG_廣田-crop.pngリーダーはいいぞ~~
藤見マネジャーを見てみろ!
あんなにヤリガイをもって・・・

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おいッ三神!
お前、何回言えばわかるんだよッ‼

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はいッ!申し訳ございませんッ‼
でも~~

s_IMG_藤木-crop.pngでも~、じゃないッ!
んッ…(これ以上はパワハラになるのか…?)
ったく、リーダーなんて疲れるだけだよ!!!

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((…あぁはなりたくない…))


 

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上司や先輩を見て「リーダーになりたくない」と思う社員が増えているように感じていますが・・・。まずは上司・先輩を教育でリーダーらしくすば、こういった声は無くなりますか?

 

 

s_IMG_原田.pngむしろ、部下・後輩の側が大きな要因であることが多いです。
それは今までの日本における典型的な働き方であった、一種の「自己犠牲」が原因といわれます。リーダーになる第一歩は「自己犠牲」を止め、自らの夢やビジョンに対する感情等を知るところからしか始まりません。
今回は「リーダーという役割になる第一歩」を見ていきましょう。

 

 

リーダーという役割を引き受けたくない人は増えている?


弊社ではこの夏、大阪と東京において、人事担当の皆様に、「次世代リーダーの育成」や「変革型リーダーを輩出できる組織とは」というテーマでの情報交換会にお集まりいただきました。有意義な会であったと同時に、その中で育成や輩出できる組織というテーマ以前に、「そもそも担い手がいない」「上を見て、あんな風にはなりたくないと言って手を挙げない」という声を耳にしました。

皆さまの企業ではいかがでしょうか?

また、昨今エンゲージメントや職場の人間関係の質の観点から、「チームの心理的安全性」が強調されがちですが、昨今のリーダーの役割として、「支援型リーダーシップ」や「サーバント型リーダーシップ」などが注目されています。

しかし一方で、現役のリーダーたちの心理として「それでは社員を甘やかすことにならないか?」「心理的安全性は各自がリスクを取ることとセットでないと、職場が単なる仲良しクラブになってしまうのでは?」とありながらも、「やさしく対応しないといけない」「大声で鼓舞するなんてとんでもない」という大半の声に押され、葛藤から来るストレスなのでしょうか、「リーダーなんて疲れるだけ」「貧乏くじだ」という声もよく聞きます。

これを見て、さらに部下や後輩は「ああはなりたくない」と、リーダーという役割を引き受けることに嫌悪感を強めていく・・・こんなサイクルが現場では起きているのかもしれません。

 

リーダーの役割やプロセスの中で効果的になっていくリーダー発達とは?


日本大学の田中氏の「リーダー発達に関する心理学的研究の動向と課題」の中に「リーダー発達」と「リーダー開発」の違いに関する記述があります。
引用:リーダー発達に関する心理学的研究の動向と課題

リーダー発達(leader development)

  • 自己の気づきや特定の課題遂行スキルなど、人間的な資質の発達に焦点が当てられる
  • リーダーとしての諸側面の成長過程のメカニズムや機序に焦点が当てられる ※機序=仕組み
  • 主として産業・組織心理学の研究者によって研究が行われ、発達心理学や社会心理学のモデル1を積極的に援用している。

リーダーシップ開発(leadership development)

  • リーダーとして必要かつ潜在的な対人関係能力の構築を意味している
  • どうすれば優れたリーダーを育てることができるか、そのためにはどのような教育や指導を行えばよいか、といった実践的な課題をもつ
  • 主として経営管理、組織論や人的資源開発を中心とした経営学で研究が行われる

また、この論文の中では「リーダー発達」を研究する上での課題や問題について触れながらも、「今後は学術的あるいは実務的関心から、『リーダー発達』の研究は質・量ともに進展していくだろう」と述べられています。

つまり、私たちが良く耳にするリーダーシップの理論は「リーダーシップ開発」と呼ばれるものが多く、今回のテーマのような「リーダーの役割には就きたくない→リーダーには向いていない→リーダーやれるかも→私はリーダーだ!」のようなリーダー自身の心理やリーダーについての自己イメージの発達について、役立つ理論が「リーダー発達」である、と言えるのではないでしょうか?

 

リーダーの役割の出発点は「リード・ザ・セルフ」


「リード・ザ・セルフ」とは、リーダーシップ塾を主宰する野田氏と組織行動論の研究者である金井氏が、「リーダーシップとは」というテーマに沿って執筆した本、「リーダーシップの旅~見えないものを見る~」の中に出てくる言葉です。この中で、「初めからリーダーたる自覚でリーダーシップが生まれてくるものではない。英雄が旅に出るのではなく、旅に出てから英雄になるのだ。リーダーシップの旅は、『リード・ザ・セルフ』『リード・ザ・ピープル』『リード・ザ・ソサエティ』と段階を踏み変化していく・・・」という文章があります。

つまり、夢やビジョンなど人を駆り立てる要素は色々だが、誰も進んだことのない道を進むことは大きなリスクを伴います。それでも前に進むには、「自分の内なる声」を聴き、自分自身を突き動かす原動力として本当に旅に出たいと思う気持ちがあるかどうかです。自分の思いで、見えないものを見たいと思う強い気持ち、これがリーダーシップを発揮する上で最も重要であるということだと思います。

しかし、今日のリーダーシップ理論は、「英雄崇拝論」のような偉人や英雄の分析に始まり、20世紀に入っての「先天か?後天か?の議論」を得て、後の「マネジリアル・グリッド」などの行動に焦点を当てた研究、そしてリーダーを取りまく環境との関係での理論である「SL理論」や「コンティンジェンシー理論」、1970年代に入ってからは「変革型リーダーシップ」の重要性が説かれ、「ティッピング・ポイント・リーダーシップ」「レベル5リーダーシップ」などを得て、今日に至っています。

このように、リーダーシップ理論の大半は、リーダーの置かれている周辺の環境や部下、あるいはその動かし方に焦点を当てたもので、「リーダー発達」つまり「リード・ザ・セルフ」の観点からのものは少ないのが現状です。「リード・ザ・ピープル」「リード・ザ・ソサエティ」の前に、「リーダーになりたくない」「リーダーの役割など背負いたくない」のいうのはなぜなのか?という自己への理解が必要なのです。

 

心理的安全性の観点から考えるリーダーの役割


昨年、スイスのビジネススクールIMDの教授であるコーリーザー氏らの著書「セキュアベース・リーダーシップ」が発売になりました。その中で、愛着理論で知られるイギリスの児童精神分析学者であるボウルビィは、「幼児は母親がそばにいると安心感を示し、母親を心理的な安全基地としながら、新たな探索行動を行っている」という観察から、「セキュア・ベース」という学説を提唱しました。

同じように、私共は、今のような、人が不安を乗り越え、リスクを背負って、新しい可能性に挑戦することが必要な時代には、部下の「心理的安全性」の担保に、「リーダーの存在だけでなく、リーダーが説く魅力的な夢や言葉もセキュア・ベースとなる」という主張が、「セキュアベース・リーダーシップ」の本質であると解釈しています。

またその中では、「どうすればセキュアベース・リーダーシップを発揮できるようになるか?」という記述もある反面、「自分にとってのセキュア・ベースは誰、また何であるか?」という問いに象徴されるように、自らへの問いや気づきが、重要視されています。

「高業績を上げ続けるリーダーは、まずよく自己を知った上で、自分のセキュア・ベース(心理的安全性)を作り、そしてチーム、組織のセキュア・ベース(心理的安全性)を作る」というセキュアベース・リーダーシップ理論は、「なぜ自分はリーダーになる気がしないのか?」「なぜ自分はリーダーという役割が嫌いなのか?」という自分を理解することこそリーダーとしての役割の第一歩である、と示唆しているのではないでしょうか?

 

リーダーという役割の第一歩


AIをはじめ、IT技術が身近になるにつれ、「人間でなければできないことの重要性」が説かれ始めています。人間でなければできない・・・自らのビジョンや希望への強い思いを持ち、語り、実現しようと努力する。これらに厚いフタをし、見ないようにしてきた、今までの時代の生き方や働き方、これが「リーダーの役割になんか就きたくない」という言葉の裏にある本質ではないでしょうか?

「自分への理解を深める」ことこそリーダーという役割の第一歩であると考えます。

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