NEXT人事評価制度(その2:能力主義から得るもの)

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バブル崩壊後、人材マネジメントへの成果主義の導入の過程で起きてきた「年功主義バッシング」それではなぜ現在でも「年功主義的要素」は人材マネジメントにおいて現実に残っているでしょうか?

人事評価は経営課題の変遷とともに変わってきた

「人事評価」は「人材マネジメント」の手段のひとつです。

また、「どのような考え方で人をマネジメントするか?」によりその手段のひとつである「人事評価」も変わってきます。また「どのような考え方で人をマネジメントするか?」は当然その時々の「経営課題」の影響を受けます。つまり、「経営課題」が変わると、「人材マネジメントの基本的な考え方」が変わり、「人材マネジメントの基本的な考え方」が変わると、「人事評価」も変わると言えます。

多くの方がご存知のように戦後の我が国の「人材マネジメントの基本的な考え方」は、「年功主義」→「能力主義」→「成果主義」という風に変遷してきました。当然この「人材マネジメントの基本的な考え方」の変遷の裏には、その時々の解決すべき「経営課題」(例えば「大量生産」)があったわけであり、例えば「年功主義」という「人材マネジメントの基本的な考え方」の実現としてその手段である「人事評価」(例えば勤続年数や年齢)があったわけです。

昨今、人事評価制度の見直しが叫ばれていますが、「人事評価」の変遷とその背景にあった「経営課題」、課題解決に必要だった当時の「人材マネジメントの基本的な考え方」を振り返ることで、今後自社の人事評価制度のどこをどう見直すか?のヒントが見つかるのではないでしょうか?

なぜなら、上記の「年功主義」→「能力主義」→「成果主義」という「人材マネジメントの基本的な考え方」の変遷を「進化の過程」と捉えてしまうと、上記3つで言えば、「成果主義」が最もすぐれた「人材マネジメントの基本的な考え方」ということになります。

確かに「年功主義」→「能力主義」→「成果主義」の変遷の中で「進化はまったくない」とは言えませんが、それぞれの「人材マネジメントの基本的な考え方」の背後にそれを必要とした「経営課題」が先にあったはずで、自社の「経営課題」の解決を横に置いて、「最新の人材マネジメントの基本的な考え方だから」、「その最新の人材マネジメントの基本的な考え方を基にした最新の人事評価制度だから」、という理由で自社に導入しても良いというものではないと思います。

少しオーバーな言い方をすれば、例えば「経営課題」によっては「能力主義」という70年代のオイルショックの頃に生まれた「人材マネジメントの基本的な考え方」に基づく「人事評価制度」が「現在の我が社には必要だ」という場合もあるかもしれません。

このように過去の「人事評価」の変遷を「経営課題」の変遷とセットで振り返ることで、自社の今後の「経営課題」は何か?その達成ための自社の「人材マネジメントの基本的な考え方」は何か?そしてそれに基づく人事評価制度するために「現在の制度のどこをどう変えるのか?あるいは変えないのか?」が見えてくるはずです。

これから「年功主義」「能力主義」「成果主義」の3つを、それぞれの背景にあった経営課題とセットで、検証していきたいと思いますが、「その2」として今回は「能力主義」についてそのメリット・デメリットについて検証してみたいと思います。

できる人材とできない人材の差を評価し、処遇に格差を付ける(能力主義)

「能力主義」とは処遇決定の中心に「能力」を据える考え方で、「高い能力を獲得できたら高い処遇にする」というものです。この「人材マネジメントの基本的な考え方」に基づく人事評価制度の代表選手が「職能資格制度」を柱とした人事評価制度です。

「能力主義」は1968年には既に主張されていた考え方ですが、多くの企業が「年功主義から能力主義へ」というスローガンのもと、この考え方を導入していくのは1973年以降でした。それはその背景に1973年の第1次オイルショック(原油価格高騰と、それによる世界の経済混乱)があったからと言われています。総人件費は第1次に続く第2次オイルショックなどによる景気の混乱で余裕がなくなり、またポストも増やせず最悪はポストを減少させなければいけないような状況では「年齢」や「勤続年数」で社員を処遇するということはとても出来ないということになったわけです。この状況は、バブル崩壊後、多くの企業が景気の悪化を機に抜本的な人事制度改革を行ったのと同じ状況であったと言えます。

どうして「能力主義」だったのか?

この状況で、処遇の柱が「年齢」や「勤続年数」ではなく、もっと合理的(本人の実力によって昇給や昇格に差が生じるのは当然である)な基準であれば、別にそれが「能力」ではなくても良かったはずなのに、なぜ多くの企業が「能力主義」に基づく人事評価制度の導入に傾いていったのでしょうか?つまり処遇の柱を「能力」ではなく「職務」におくこともできたはずです。

その理由は一般的に、当時「職務給」を導入、つまり「職務」を基準として給与を決定することを「人材マネジメントの基本的な考え方」に据えて、大変痛い思いをしたからだ言われています。「職務」を基準にするにはまず「職務」を明確にしなければいけません(職務記述書の作成)。そしてその職務をまっとうしているかどうかで処遇が決まるのが「職務主義」です。まさに「職務記述書」に書かれていることがすべての基準なのです。

しかし一方で当時、「日本企業の競争力の源泉」については以下の様に言われていました。

・日本企業の強さの秘密はその人材にあり

・職務記述書に書かれていない仕事(他部門、他人の仕事)であっても状況によっては行う

・職務記述書に書かれていないことでも、良いと思ったことはどんどん自主的に仕事の改善を行う

このような「オーバーリーチ」(良い意味でのおせっかい・助け合い)と「自主改善意欲」が、「職務主義」を「人事マネジメントの基本的な考え方」に据えることで、日本企業の強さが損なわれてしまうという恐れ、また実際に導入してみたらそうなってしまった・・・ということからオイルショック後に多くの企業が選んだのは「職務主義」ではなく「能力主義」だったと言われています。

「賃金原資は増加傾向になる」という点は「年功主義」と同じ

「能力主義」は、「能力のあるなし」で処遇格差が付くので、「能力とは一体何か?」という定義はどうしても明確にしなければいけません。しかもそれにはかなりの知識も必要なのが現実です。そこを疎かにすると「能力」の評価があいまいになり、「定性的」で「客観性」を欠くだけでなく、あいまいな分「年功的な運用」(年齢や勤続経験の高い方が、能力は高いはずだ)になりがちです。当時を振り返り、「年功主義からの脱却をスローガンにした割には、結局多くの企業で能力主義の年功的な運用が為され「年功主義からの脱却に失敗した」という意見もよく聞きます。

しかしここで大切なのは、「年功的運用に陥った」とバッシングを受けた「能力主義」ですが、一方で「経験ともに能力が付いていくこと」は紛れもない「事実」であるということです。ということは、「能力主義」というものを「人材マネジメントの基本的な考え方」に据える以上、年々徐々に付いてくる能力を処遇していくことになるので、賃金原資が増加していくのは「年功主義」と変わりないということになります。「能力主義」は、先行き不透明な経済情勢の中で処遇の軸を「年功」や「能力」に置くことの限界を示唆してくれた「マネジメントの基本的な考え方」だとも言えます。

まとめ

「年功主義」の弊害を無くそうとして生まれた「職能資格制度」「職能給」等を制度とした「能力主義」は結果的にその弊害を無くせなませんでしたが、「経済状況からくる経営課題を踏まえて、人材マネジメントをどうするかを考え、制度を構築する」という「人事評価制度構築の基本精神」を再認識させるきかっけになった考え方だったとも言えます。

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バブル崩壊後、人材マネジメントへの成果主義の導入の過程で起きてきた「年功主義バッシング」それではなぜ現在でも「年功主義的要素」は人材マネジメントにおいて現実に残っているでしょうか?


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