階層別研修の見直しにあたっての留意点

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研修どうでしたか?


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コーチングを習って来たよ

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では今までより話しかけやすくなるんですね


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期待してね


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今、階層別研修の見直しが行われていますね




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「流行」に流されず
「正しい視点」で行う事が大切です。





「等級」から階層別研修の内容と対象者を考えてしまっていないか?

「等級」…これはこの際難しい話は抜きにしまして、「我が社の『一般職』の持っているべき知識は〇〇、能力は〇〇、そして取るべき行動は〇〇」などと定義されているもののことです。そしてその内容は「人事考課表」などに結びつけられ、その考課結果によりそれが給与に反映されているケースもあります。

最近この「等級」の見直しが行われ(最近の世相を反映して、人事制度の改善が行われ)ることが多いのですが、例えばその時に管理職の取るべき行動に「リーダーシップ」を追加することになったとしましょう。すると新任の管理職には「リーダーシップ」の教育が従来からの「コーチング」の教育にプラスして必要となると考え、新任管理者研修(階層別研修)の内容にコーチングだけでなくリーダーシップ研修を入れる(又は新たに新しい研修を導入する)と考えてしまう…これが表題の『「等級」から階層別研修の内容と対象者を考えてしまう』という見直しの傾向です。

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この傾向ですと、例えば新等級においての新任の部長職には新たな等級要件にある「集団掌握力」の研修、中堅社員の新しい等級要件には「対話力」を入れたから「コミュニケーション」の研修と…等級の要件定義にある「能力」「知識」「行動」の数だけ研修が必要と感じてしまい、「研修コスト」がいくらあっても足りないとなってしまいます。確かにこれでは「コスト」ばかりかかり、階層別研修の「改善」ではなく「改悪」になってしまいます。

そこで、研修の実施日数や時間を少し増やし「従来半日で行っていた新任管理職への階層別研修を1日に伸ばし、午前で『コーチング』と午後から『リーダーシップ』に変えよう」「本来はそれぞれで1日かかるが、ぐっと縮めて半日でやってしまおう。そうすればコストも半分だ…」という方向になりかねません。

受講する側からすれば午前と午後で内容が違えば、まじめな人ほど混乱することもあります(詰め込み教育の弊害)し、また教育の専門家かならば「リーダーシップが無ければ集団は掌握は出来ない」「対話力を支えるものはリーダーシップである」などの見地からそれぞれは別物では無いと判断し、「詰め込む」ということはしません。(人の能力は簡単には『線引き』<〇〇力、〇〇力と能力に命名するのは確かに便利ですし、そうやって区別しないと等級や給与に差をつけにくいのはわかりますが・・・>は出来ないのです)

少々誇張して書いてはいますが、この「線引き」から一旦階層別研修の企画者は頭を離さないと、階層別研修の投資はかさみ、受講する社員はその内容が「あれもこれも」で理解出来ず、現場に活かされないとという投資対効果のまずい「改悪」になってしまうことが多いので気を付けたいものです。

階層別研修の投資対効果を考えるだけで、現場でどう実践されるかを考えていない?

いやいや、「等級毎の能力や求められる行動毎に必要な階層別研修を行うなんていう誤りはしないよ」「しかも我が社の経営で今一番大切なのは人。だから階層別研修には投資をする。投資対効果を気にし過ぎてもいけないんだよ」というご意見もあるかと思います。確かにその通りです。でも「投資対効果」を考えて「投資をおしまない」…それだけでは階層別研修の見直しとしては不十分です。

皆さんはこんな話を聞いたことはありますか?「うちの管理職全員に階層別研修としてコーチング研修を受講させたら管理職がみんな部下に対して『腰引け』になっちゃった」…これは何が原因なのでしょう?それは受講した管理職に「課長の責任は何か?」という認識が欠けていたからと言えるのではないでしょうか。「部下の話を遮らずに聞く」という態度、「部下の強みを引き出す」という能力、こういった「コーチング力」は管理職には必要です。しかし1点、部下に任せてはいけないことがあります。それは「最終決定者」という責任です。意見を聞くのは構わない、しかし、反対意見があればそれを論破してでも、あるいは対話をしてでも決定したことに皆を結集させなければいけません。そういう「強さ」を忘れて、「腰引け」になってしまい、「言いなり」「なあなあ」になってしまうのは階層別研修で「コーチング」を学んだからではなく、それが引き金になって普段からの「責任」の認識の弱さが露呈しただけではないでしょうか?

「いやいやうちは大丈夫、管理職の責任分かっているから腰引けにはならない」という意見もあると思います。しかしでは、この点はどうでしょう?「管理職には育成責任がある」としたら…「学んだコーチングを自分の部下にしている。ちゃんと研修で学んだことを実践しているよ」…ということになるでしょうか?なりません!この育成の責任を管理職が自覚していたならば、「コーチングを自分に部下に使う」だけではダメです。「コーチングを使って人を育成できる部下を作る」ところまでやって正しい実践なのです。つまり「投資対効果」とは「学んだことを帰ったら1つでも実践してくださいね」という(研修の締めのご挨拶でよく耳にする)一言でで達成されるのではなく、つまりただ実践していればいいのではなく、会社が経営していく中で、各自の立場で持つべき正しい責任への認識(認識とは知っているだけではなく行動の決意を伴っている状態のことです)があり、それに基づいて、階層別研修での学びが実践がされて初めて「投資対効果」があったと言えるのです。階層別研修の見直しの中に「責任の再認識」はぜひ取り入れていただきたいことです。 

階層別研修の内容に、最近の流行している内容を取り入れる?

「うちは詰め込まないし、投資対効果も考えているし、しかも現場の責任の認識もしっかりしているから大丈夫」そう言われる方もいるでしょう。「要するに内容・研修手法を見直したいだけなんだ」という方もいるでしょう。確かに「流行る」背景にはそれを欲する現場のニーズがあるからですから、それも必要です。しかしこういった言葉はご存知でしょうか?

「人はインプットの努力よりもアウトプットの努力で成長する」…これはよく言う「泥縄式」(泥縄(どろなわ)というのは「 泥棒を捕らえてから縄を綯う(なう)」を略したもので泥棒を捕まえてから、あわてて泥棒を縛る縄を作ること)をプラスに解釈した言葉です。一般には「事が起きてから準備する」「行き当たりばったり」と解釈されるこの言葉ではありますが、逆に準備をととのえてから、ことにあたるのではなく、「まずは始める」「必要に応じて何かをしてみる」という行動重視の言葉でもあるのではと思います。

「階層別研修の中で、インプットしたものを使って現場で実践する目標を研修中に立てる」「研修終了後しばらくしてからその研修中に立てた目標は実践され、達成されたのか、それはなぜか、どう次に活かすか」を確認し合う、またそういうことを分かって研修を受ける。言い換えれば階層別研修研修の運営手法に「PDCAサイクル」を取り入れるようなものです)これが、いわば「アウトプット努力」を使った人の成長のさせ方です。現場や経営の階層別教育のニーズは仕事に役立つのか?(アウトプット重視)の1点ですから、「流行り(最新)」の内容が現場で活かされてこその階層別研修の改善になるよう、「PDCAサイクル」を取り入れた研修の運営を見直しの視点にぜひ取り入れてみてはいかがでしょうか?

ちなみにPDCAサイクルを廻すと(つまりアウトプットの努力を本気で行うと)どのような能力や知識の相関図を下記に挙げておきます。ほとんどの等級要件上の能力が「PDCAサイクルを廻すことで結果的に身に着くことをイメージしていただけたら幸いです。

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座学ではなくケーススタディ方式を取り入れる?

ケーススタディ方式に是非はありません。時に効果的な階層別研修の見直しになるはずです。確かに座学中心では受講者に「頭に入って行かない階層別研修」になるのかもしれませんので。

しかし、もともと「階層別研修」の見直す背景には「経営に役立っているか」「経営を支える人材を輩出しているか」があると思います。今、どの会社も「経営」はより「戦略的」で「方針」が大切な時期にあり、しかも「大砲を打つな!機関銃を打て!」と言われるほどスピーディーにそれらを実行、検証、改善、改革して行かねばなりません。架空のケース、人様のケース、研修会社の作成したケースも時にはいいのですが、自社の戦略や方針を研修の中に取り入れた方が、経営計画の推進と人材の育成が両立を出来るのではないでしょうか?具体的には先ほどの研修中に立てる実践の目標(PDCAサイクルのP)を戦略や方針を絡ませて行うようにすれば良いのです。

まとめ

以上の見直しの視点のキーワード「等級要件の能力の捉え方」「責任の再認識」「PDCAサイクルを廻す運営」「戦略・方針の研修への取り入れ」を踏まえて、作成された階層別研修の例を最後に載せておきます。

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